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仲達 広
1932年生まれ
早大卒。 娯楽系出版社で30年余週刊誌、マンガ誌、書籍等で編集に従事する。
現在は仙台で妻と二人暮らし、日々ゴルフ、テニスなどの屋外スポーツと、フィットネス。少々の読書に明け暮れている。

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2019年07月19日(金曜日)更新

第557号 〜干からびるよりましだろう〜

 このところ腹筋運動に精出している。
 ひと月ほど前「冬物と入れ替えた夏物のパンツをはくと、去年より裾のたるみが多くなったようで、ひょっとして足が短かくなったか?」と書いたが、実はそれと同時に胴まわりがいささか窮屈な感じもあったのだ。特に去年一度もはかなかった、ちょっとおしゃれな夏物のジーパンをはいたときがそうだった。洋服ダンスの中でハンガーにぶら下がっているだけで縮むわけないし、まさかこの年でメタボになり始めたかと唖然とした。

 そういえばこの春の終わり頃から入浴後鏡に映った体を見ると、へその上あたりが何となくポッコリしてきた感じがあった。私はいわゆる"シックスカット"と自慢できるほどではないが、腹筋は一応締まっている。それがドラ焼きをつまみに甘いチューハイを飲んだ後みたいに、あばらの下の胃袋が丸くふくらみ、へその下ベルトのあたりまで及んでいるように見えたのだ。
 はじめのうち私は、これは左ひざの故障と寒い季節のせいで山歩きが少なくなったからだろうと思っていたが、ある日突然まったく別の原因に気付いた。義歯だ。3ヵ月ほど前から義歯と折合が悪くなり、つい2週間ほど前まで食べることに苦労していたのである。

 私は子どもの頃からムシ歯が多く、大人になってからも縁が切れなかった。30代後期あたりからは悪くなった歯を次々と抜かれて、いま生来の歯は上下で12本しかない。したがって上下とも大きな義歯が入っているのだが、厄介なのが下のほうだ。下は前歯がけっこう残っているので義歯は左右の臼歯だけ、その左右のブロックをつないでいる金属が前歯内側の歯ぐき部分にかすかだが当たるのだ。
 歯ぐきの表面はやわらかい粘膜だが内側はけっこう固いので傷つきやすい。かすかな刺激でもピンポイントに繰り返されるとすぐ腫れて痛み出す。腫れは指先でさわってもわかるほどになる。そのかすかな刺激をつくりだすのが食べることだ。たとえば固い肉や魚の干物、乾燥フルーツなど弾力があるものを噛み続けていると義歯にその動きが伝わり、当たっている個所に繰り返し刺激を与えるようになるのだ。
 この粘膜の傷に対する私が考案した治療法は"イソジン"を綿棒につけて塗りつけるものだ。あの赤黒い水薬は皮膚などの傷によく効き、家庭の常備薬になっているが、粘膜だって皮膚と似たようなものだろう。"イソジンのどあめ"や"イソジンうがい薬"なんてのもあるのだから、口の中に使って悪いわけない。ただ直接飲み込まないように気をつければいい。2〜3年前同じように義歯の金属部分が歯ぐきに当たって初めて傷ができたときから私はイソジンで治してきた。

 そこで今回も手慣れたイソジン治療法を始めたのだが、今度の傷はなかなか頑固で一筋縄ではいかなかった。毎食後上下の義歯を外して口内や歯をきれいにして薬を塗ってもなかなかよくならない。そこで終盤は下の義歯をずっと外しておいたら、回復が一気に早まったのだった。そんなわけで2ヵ月以上にわたって食べ物をよく噛まずに胃袋に送り込んでいたことが、腹部ポッコリにつながったのではないかと推察したのである。
 だがもう大丈夫だ。これからは以前どおりよく噛んで食べ、腹筋運動に精出せばおなかも締まってくるだろう。

 それにしても米寿なかばでメタボを心配するとは思わなかった。イヤハヤ!
 これは半分自慢であり、ホンネでもある。干からびるよりはましだろう。
 

2019年07月12日(金曜日)更新

第556号 〜一読 十笑 百吸 千字 万歩〜

 かつてF社の編集部にいて定年退職、いまは湘南でゴルフ三昧というK君から先月末、私家版エッセイ集『僕のゴルフ奮闘記』が送られてきた。
 K君は私より20歳ほど若いが、兄さんがプロゴルファーということもあって、スポーツは若い頃からゴルフ一辺倒、野球もスキーもやらなかったし、仕事でもほとんど縁がなかった。ゴルフも社内コンペで一緒に回ったことがあったかどうか……。だから在社中はお互い顔は知っているという程度の関係だった。それが私家版をわざわざ送ってくれたきっかけは"奇遇"である。

 先月なかば、私たち二人は元F社のスキー仲間たちと総勢10名、那須の会員制ホテルに泊まって温泉とおしゃべりを楽しんだが、その翌朝、広い食堂の一角でバッタリ出会ったのだ。彼は奥さんと二人で前夜は宿泊だけ、当日はどこか観光ドライブしてもう一泊する予定だった。前述のように彼は私とはあまり縁はなかったが、スキー仲間たちとは同世代だ。それに仕事も遊びも人一倍楽しもうという姿勢が共通していたようで、食後もコーヒーカップを前に話がはずみ、「本を初めて書いたので、送るから読んで下さい」と、われわれの住所をメモしたのだった。
 日時といい場所といい、あのタイミングが"すれ違い"にならなかったのはホント奇遇というしかない。

 本は四六版ハードカバー、カバーの上に上質アート紙のジャケットをかけた立派なつくりだ。本文240ページも一般の市販本には滅多に使われない厚手の上白紙。それにエッセイ52編と"はじめに""おわりに"の挨拶が収めてある。エッセイは各編4〜6ページ、文字は一般の書籍より大きいし、行間や天地の余白も十分とってあり、たいへん読みやすい。また各編の合い間にはコースの写真があり、余白には本文を要約した書き文字、たとえば"トラフグズワイガニ食べた〜い!"やヘタウマ風イラストカットが入っていて、息抜きになる。ちなみに、これらの書き文字とイラストは彼の小学校の孫が作者だ。そしていつかこの少年とラウンドするのを楽しみにしているという。
 内容は20歳から始めてキャリア半世紀近いゴルフに関するあれこれ。ホームコースのこと、自分や仲間のプレーのこと、技術のこと、将来の夢など。多少ともK君を知っておりゴルフに興味がある者なら、楽しく読めるのではないか。40歳から始めたのでキャリア的には彼とほとんど同じ私も参考にしたいところがいくつもあった。

 中でもたいへん興味をひかれた個所がある。「一読 十笑 百吸 千字 万歩」という言葉だ。どこかの大学病院の名医センセイの言葉だそうだが、60代まで病院にあまり縁がなかった私は寡聞にして知らなかった。意味は簡単、1日1回ちゃんとした文章を読む、10回腹の底から笑う、百回の深呼吸、千字ぐらい書く、万歩ぐらい歩くである。
 言ったのがお医者さんなら健康や長寿の秘訣みたいなものだろう。まったくおっしゃるとおりで、このうち4つは私も日々実行している。「当年とって米寿です」と胸を張って言えるのもそのおかげだ。実行していないのは十笑、年のせいか近来よく癇癪を起こすので、笑うことが少なくなっているのである。これはいけない。
 現代は世界中にヘンな奴がウロウロしているので、笑いのネタはいくらでもある。これからはそれを常時ストックしておいて、いつでもすぐ思い出せるようにしておこう。ボケ防止にもなるはずだ。
 

2019年07月05日(金曜日)更新

第555号 〜漢字の読み書きが民度の土台〜

 もうひと月ほど前になるか「日本人の識字率調査」を70年ぶりに行うというニュースをテレビで見た。
 前回の調査は、そのニュースの画面にマッカーサー元帥が飛行機のタラップを下りてくるシーンがあったように、終戦直後の1948年GHQの発案で行われた。「日本語は漢字が多く覚えるのがたいへんで識字率も上りにくい。これでは民主化も遅々として進まないから、この際日本語の表記をローマ字に変えようじゃないか」と計画し、その下準備として文部省に実施を指示したものだ。
 ところが「日本人の読み書き能力調査」と名付けて全国から14歳〜64歳、約1万7千人をピックアップして調べた結果、読み書きができなかった人はわずか2.1%だった。つまり識字率98%弱、当時の欧米諸国をはるかにしのぐ数字だったのだ。予想外の数字に仰天したGHQの担当者が調査責任者を呼びつけて、「こんな高い数字が出たら、ローマ字表記にする根拠が消えちまう。もっと低い数字にしろ」とデータ改ざんを迫ったが、責任者は「結果は曲げられれない」と突っぱねた。

 その70年ぶりの調査をいつどんなふうに行うか詳細は知らないが、実は2年前、NHKが独自で調査を行っている。ただしその調査は識字率の数字を出すのが目的ではなく、学齢に達しても様々な事情で学校に行けず、基礎的な知識を身につけないまま大人になってしまった「現代の貧困層」をクローズアップするのが目的だった。そういう人はいまも大勢いるだろうけど、私は日本人全体の識学率は、70年前とそう変わらないと思う。
 そしてそうした高い識学率を生み出す土台、テキストになっているのが、見るからに複雑な漢字とひらがなカタカナごちゃ混ぜの文章なのだから、アルファベットやアラビヤ文字など簡単で数少ない文字を文化の基本にしている人たちが仰天するのも当り前だ。
 いま世界中で漢字が一般的に使われている地域は日本国内以外、台湾と香港だけらしい。漢字発祥の地、中国でも現政権は古い漢字を捨てて新しい簡体字を一般に普及させようと躍起だし、朝鮮半島は戦前日本の統治下にあった悪夢を振り払うためにもハングル一辺倒、漢字を排斥しており、ベトナムでは第二次大戦後すぐ義務教育から漢字を廃止した。もっとも日本でも戦後、当用漢字や新字体が制定され、70年経ったいまは本来の漢字とはずいぶん変わってしまったが、私のような年寄りにはそのあたりも面白いところなのだ。

 その意味で近頃の日本語の読み書きは、私にはたいへん楽しめる。たとえばそのひとつに、年号が変わったとき新聞にこんな投書が載った。87歳男性のものだ。
「……令には"人をひざまずかせておふれを伝える"という意味があり、戦時中の召集令状などを連想させる。……これを推奨したのは安倍総理だとか。衣の下から憲法改正という鎧が見えるではないか……」一読、私は"タメにする発言だな"と思ったがどうだろう?
 もうひとつ、これは中学校の英語の問題。
「下の言葉は、英語で話しかけられたが意味がわからないので、相手に問い返すものです。( )の中に適当な単語を書きなさい。
 問題(  )do you(  )?」
 正解はもちろん(What)と(mean)だが、中に"(Sore)do you(imi)?"という突拍子もない答えがあったそうだ。

 内容に対する好感不快感はさておき、私は両者とも面白かった。令の千年も昔の意味が出てきたり、英語と日本語がごちゃごちゃになったり、こんな楽しい言葉で鍛えられている限りわれわれ日本人は民度の高さを世界に誇っていいだろう。
 

2019年06月28日(金曜日)更新

第554号 〜野良猫たちのクールな生き方〜

 墓園を歩いていると野良猫をよく見かける。たいてい同じところに同じヤツらがたむろしている。そのあたりにねぐらがあり、周辺を縄張りにしているのだ。
 野良猫の警戒心の強さは半端じゃない。私なんかしょっちゅう出会って、いわば顔見知りになっているはずなのに、ヤツらはけっして警戒をゆるめない。目の悪い私にはヤツらが見えない20メートルも離れたあたりから気配を察し、様子をうかがっている感じがある。まだ風が冷たい春先など、日当たりのいい斜面の草むらに身をひそめ、こちらが下を通り過ぎて背中が見えなくなるまで油断のない視線が追ってくるのを感じるのである。

 その斜面を日中の活動の拠点にしているのは白のメス猫だ。野良なので毛並みは薄汚れているが量は全身をふくよかに被い、体も大きく動きもしなやかで敏捷だ。あるとき走ってきた車を避けるのを目撃したが、危ないっ!と思った瞬間2メートル近い斜面に飛び上がっていた。人間でいえばハイティーンから20代はじめのピチピチねえちゃんだ。
 メスだとわかったのは去年の初夏、仔猫を2匹連れていた。2匹とも白黒ブチだが、あたりにオス親は影も形も見当たらなかった。仔が白黒ブチならオス親も同じか黒だろうと思い、以来山歩きのときに気をつけていたが見当たらず、やがて関心も薄れてしまった。
 この2匹の仔猫も警戒心は強い。私が近づくのをじっとうかがっており、10メートルあたりまで行っても歩調が変わらないとみると、すぐさま排水溝や茂みに身を潜めてしまう。私など仔猫は誰にでも簡単になついてくるものだと思っていたが、そういうのはまだ乳離れしないうちに捨てられた仔猫だけらしい。野生の動物は乳離れすると、生き残るためにまず相手を敵か味方か識別することが大事なのだ。野良育ちの仔猫が警戒心旺盛になるのも当り前かと納得した。

 ところが先日こんなことがあった。
 山歩きの途中で、この白猫一家に餌をやっている人物に出会ったのだ。私よりひと回りぐらい若そうな男性で傍に自転車が停めてある。以前から自転車で野良猫に餌やりにくるお爺さんがいると耳にしていたので、ああこの人だなとわかった。いつもは斜面にいる白猫たちが道路をはさんだ反対側、歩道の芝生の上に集まっていたからで、それも親仔3匹だけじゃなく全身薄茶色といういかにもダサい毛並みのおとな猫が加わって4匹いる。私はその男性に「こんにちは」と挨拶し、すぐ言葉を継いだ。
「今日は見慣れないヤツがいますね?」男性がボソボソと答えてくれた。「あれがこいつらの父親ですよ」「毛並みが全然違いますね」「きっと母親の遺伝子のほうが強かったんじゃないかな」「なるほど」「それともあれの親が白黒だったのかもしれない。隔世遺伝かな」「ふ〜ん。このへんじゃほとんど見かけないけど、あれも野良猫ですか?」「そう。この裏のほうにいます」と男性が指さしたのは外周道路の外側の区画で、私が歩く経路からはずれた一画だった。

 ところで話をしているときに気付いたことがある。猫たちの私の対する警戒心が薄れているのだ。餌やり爺さんの仲間だと見なされていたらしい。ただしそれもそのときだけ、後日私一人で歩いてヤツらと出会ったときは以前とまったく同じだった。まったくもってクールなものだ。
 われわれ人間も見習わなきゃ…と思っている。
 

2019年06月21日(金曜日)更新

第553号 〜いま新聞は読むところがない〜

 いま購読している地元のブロック紙・河北新報が今月から400円値上げされる。今年1月に読売が値上げし、朝毎日経などの大手は検討中らしいが、全国でブロック紙や地方紙が相次いだ一環だ。とにかくいまの日本では紙に印刷されたものが読まれなくなった。新聞も出版も悪戦苦闘とあって経営側も必死、労使交渉で給料の大幅削減をのまされた朝日新聞社労組の副委員長が理由は不明だが自殺したという話もあった。

 河北をとり始めたのはもちろん当地へ転居してからだ。地方住まいには全国紙より地方紙のほうが公私とも情報的利便性が高い。
 そういえば町内にこんな人がいた。かつて町内会長をつとめたS氏だが、毎朝管理センターにやって来て、事務所が購読している河北を読んでいたのだ。私ははじめのうち、随分仕事熱心な人だなと思っていたが、やがて彼が創価学会員で自宅では学会新聞しかとってなく、地元の情報を仕入れるためにセンターに来ていたとわかったのだった。

 とにかく地元住民にはなかなか役に立つのだが、実をいうと近頃の私はこの新聞をあまり読まなくなっている。わかりやすいように、ここに某日の新聞を引っ張り出して最初のページ=第1面からチェックしてみよう。

<第1面>右肩に紙名と日付、その左にこの日のトップ記事、つまり本日いちばんの売り物ニュースだ。見出しは5段ベタ白ヌキに4段のサブ付き。県南に電動自動車用装置の新工場ができるという内容だが、読む気はしない。2番目3番目の記事とコラムも食指が動かない。ただ下段半3の雑誌の広告だけ目を通した。
<第2面>政界関連の大きな見出しが3本の他、地方市長選の結果、首相目録。いずれも下の記事広告と合わせて素通り。<第3面>G20関連、香港のデモ、秋田にイージス配備の件、モネ「睡蓮」の修復、などだが興味なく素通り。下段の週刊誌広告だけ目を通す。
<第4,5面>外信ページ。下段の広告とともに素通り。
<第6面>全面広告。興味なし。<第7面>社説、投稿欄。見出しだけで下段株価欄とともに素通り。<第8,9面>経済欄と、<第10面>東証1部株価欄も上に同じ。
<第11面>子ども対象のニュース解説ページ。下5段の連載コミックと合わせて興味なし。
<第12,13,14,15面>スポーツ欄。大谷翔平の見出しにちょっと目をとめただけ。
<第16,17面>見開きで地域の健康づくりがテーマの記事広告。<18,19面>見開きで地域の防災に関する特集企画もの。ともに魅力ある記事ではない。
<第20,21面>"みやぎ"と名付けた見開きの地域版。ここでは「クマ目撃情報」に必ず目を通す以外は、ほとんど見出しをチラッとかすめ見るぐらい。こういう地域社会面には小さな事件事故のベタ記事の他は、いわゆる"いい話"ばかりで野次馬はちっとも面白くない。
<第22,23面>中学高校など地域スポーツ。<第24面>くらし欄。<第26面>BSとラジオの番組案内、プラス囲碁将棋。いずれも見る気が起きない。
<第27,28,29,30,31面>社会面だ。一応は名の通ったブロック紙とあって、東北全域から国内の主要な出来事はカバーしてあるが、たいていのものが二番煎じ。見出しをざっとチエックして、4コママンガを見ておしまい。そして<第32面>テレビ番組案内はまず見ない。

 というわけで、私がすすんで読む記事は全部ひっくるめてせいぜい4分の1ページあるかないか、なんというムダなことを……である。
 これは第一に私自身が年老いたせいだろう。若い頃のように同じニュースを繰り返し見て興奮する情熱がなくなったのだ。私は近頃はテレビもNHKニュースしか見ないが、そこで最近同じニュースを繰り返し見たのは、あの池袋の87歳元高級官僚の暴走事件だけだった。
 スイッチオンすれば向こうから何もかも揃えてやってくるテレビがあれば、自分で老眼鏡をかけて大きな紙を机いっぱいに広げ、目当てのニュース記事を捜して一字一句追わなければならない新聞など読まなくなるのも当然ではないか。
 いまの新聞に対する私の興味は、これからどう生き残っていくかだ。
 
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