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仲達 広
1932年生まれ
早大卒。 娯楽系出版社で30年余週刊誌、マンガ誌、書籍等で編集に従事する。
現在は仙台で妻と二人暮らし、日々ゴルフ、テニスなどの屋外スポーツと、フィットネス。少々の読書に明け暮れている。

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2020年10月09日(金曜日)更新

第620号 〜左眼がいきなり見えなくなったが……〜

 このところ眼が不調で、いささかうんざりしている。8月の初め頃から左眼がよく見えず、本や書類も読めないし、原稿を書くにもかなり手古摺っているのだ。念の為、両眼の病歴といまの状態を書いておこう。

 まず、悪くなったのは右眼だ。10数年前、助手席から前にいる車のナンバーが見にくくなった。家内と二人で「白内障だろう」ときめつけ、日赤眼科で手術を受けた。手術は簡単にすんだが、同時に眼底出血を診断され、後日入院手術した。
 話によると眼底静脈が2本重なって血流が滞り出血していたそうで、重なった個所を分離するミクロ作業の手術だったそうだ。手術は成功し出血は止まったが、視野中心部は見えないまま残りいまも続いている。
 なおこのミクロ手術をしてくれた医師は間もなく新設の市民病院に移り、私は日赤に残って後任の女医センセイに診察治療をまかせている。例の9.11テロ当日に大腸ガンの手術を受けて以来、私は何となく日赤に深い縁を感じているのである。

 それから1年ほど過ぎた頃、左眼に異常が起こった。朝起きると視野全体に白く霞がかかっていたのだ。霞は日増しに濃くなっていく。まるで山で吹雪のとき出会うホワイトアウトである。さすがに私も怖くなり、予約日を待たずに日赤へ駈け込んで女医センセイの診察を受けた。診察したセンセイは「これは私の手に負えないので、大学病院の網膜治療の権威のセンセイを紹介します」と手続きをしてくれた。
 大学病院ではいろんな検査や治療の末に手術をした。手術は1時間ほどで、患者の私もあっけないほど簡単に済んだが、結果はまさに狐につままれた感じで視力が元通り回復していた。そして私はまた日赤に戻り、以来ずっと女医センセイの診察治療を受けている。

 両眼の病名は加齢黄斑変性、高齢者特有の疾患だ。ただし病名的には網膜静脈閉塞症のほうがわかりやすい。眼球網膜裏側にある静脈の一部が何らかの原因で詰まってふくれ上がり、薄くなったところから血液や水分が漏れ出して視神経を阻害するのである。血液なら視界に黒幕がかかり、水分ならホワイトアウトだ。
 治療法はある。レーザーで悪い血管を焼き固める。止血作用がある内服薬を毎日服む。新生血管の成長や増殖を抑える注射をするなどだ。ルセンティスというこの注射は眼球に直接打つもので効能はいちばんあるが月1本が限度だし、費用も高い。
 私は左眼に8月9月と続けて打っており、効果はそろそろ現われるはずだ。

 左眼が悪くなった原因は薬の飲み合わせだ。
 7月初旬、私は日赤の循環器内科でエコー、心電図、血液の精密検査を受け、脳梗塞のリスクがあるといわれて血液をサラサラにする薬を処方された。これが眼科の薬とバッティングしたのだ。1週間後それに気付いた内科の医師が女医センセイに経過を伝えて、私にも服用中止をいってくれたが、その1週間分7錠は私もちゃんと服んだのだった。しかもこれが効能も強い薬だったらしく、せっかく鳴りをひそめていた網膜静脈の古傷に新しい出血を起こさせていたのだった。

 ただし先日の診察ではその出血も峠を越えたという。以前のように見えるのも間もなくだろう。そしてその頃には私は満88歳の誕生日を迎え、その後にはゴルフ部のコンペもある。苦労した後の楽しみほどよろこびは大きいのだ。
 さあ、これを書き終えたら1時間ほど歩いてこよう。
 

2020年10月02日(金曜日)更新

第619号 〜猛暑とコロナの夏を反省する〜

 カレンダーはもう10月である。今年も残り3ヵ月季節は秋から冬に移るだけだ。
 過ぎ去った日々をふり返ってみると、コロナに右往左往させられた思いしかない。いや"不要不急の外出自粛"で近場をウロウロしていただけだから右往左往は大袈裟か。唯一プラスだったのは一人頭10万円の見舞金を貰ったことだが、わが家は古くなったキッチンのガスレンジとエアコンの買い替えですぐ消えてしまった。
 聞くところによると、あれでエアコンを替えたお宅がかなりあったらしく、今夏の猛暑は機を一にした感がある。"天の配剤"というべきか!?

 コロナで迷惑をこうむった最たるものはもちろん観光や飲食業者だが、年代別ではわれわれ年寄りがいちばんだろう。外出自粛に加えて高齢者は感染すると重篤化しやすく脳に後遺症が残りやすいなんて聞けば、どうしてもビビってしまう。町内会など地域の各種イベントが中止になったばかりでなく、敬老パスを使って繁華街に出かけデパートをウロついたりする楽しみも奪われてしまったのだ。おまけにお盆に帰省してくる子や孫に会うこともなかった。
 私たちにしてもかつてのスキー仲間たちと当地や那須あたりの温泉ホテルで、泊りがけで置酒款語する年に1度の楽しみがなくなって残念この上なく、三峡ダムでも決壊しろなんて八ッ当たりしている。

 ところでそんな年寄りたちの動静にについて近頃ちょっと気になることがある。団地内で年寄りの姿をほとんど見かけなくなったのだ。理事会やゴルフなどを通じてかねて顔見知りの人もいれば、行きずりにときどき出会ってただ見知っているだけの人もいる。そうした人たちを、暑さもやっとおさまって気持ちよく外歩きできるようになった近頃もあまり見かけないのである。
 ただ噂は聞く。病身の奥さんの世話でたいへんだったUさんは自分も倒れてしまったとか、真夏日が続いた9月の第1週のある夕方、あのTさんが救急車で搬送されたが入院までは至らなかった……などだ。
 思い出したことがある。テレビで聞いた話だ。
 夏の暑さは年寄りたちを家の中へひきこもらせるから、歩くことが少なくなって足腰が気付かぬうちに弱ってくる。それを知らずに以前と同じように行動しようとすると、小さな段差につまずいたり、階段を下りるときに踏み外したりして思いがけないケガにつながるから、秋口は特に注意しなければならない……というものだ。

 なるほどである。コロナと猛暑で家の中にこもるようになった年寄りたちは気候が涼しくなっても何となく足腰が頼りなくて、なかなか外まで出られないのだ。筋肉は衰えるのは早いが回復にはその数倍の時間や手間がかかる。やっぱり日頃の鍛錬は大切なのだ。
 われわれはこうして老化していくのだなと実感した。
 

2020年09月25日(金曜日)更新

第618号 〜"夏バテ"は秋こそ注意が肝要〜

 秋分の日も過ぎて昼夜の長さも逆転した。暑さもこれからはやわらいでいくだろう。

 それにしてもこの夏の暑さは異常だった。当地ではかつて「お盆を過ぎたら夏も終わり」といわれていた。海風がよく入るので夏もそれほど暑くならず、冬も雪が少なく寒気も厳しくない。東北六県の県庁所在地では気候的にはいちばん暮らしやすい。だからリタイヤ後、当地に終の棲家を定める人も多いのだが、この夏はそうした人たちを「しまった!」と思わせかねない暑さだったのだ。何しろ9月に入ってからも猛暑日真夏日の連続だから尋常じゃない。

「天高く馬肥ゆる」を筆頭に秋を形容する冠言葉は多い。思いつくまま並べても行楽、食欲、スポーツ、芸術、読書……次々と出てくる。秋は何をするにもいい季節なのだ。といって遊びにせよご馳走やスポーツにせよ、すぐに飛びつくのは考えたほうがいい。夏の暑さは睡眠や消化など体の奥深い機能にダメージを与えるから、自分では気付かない体の芯に疲れが残っている。

 すなわち猛暑による"夏バテ"は季節が変わって「もう大丈夫だろう」とわれわれが行動を起こした途端、「待ってました!」とばかりに出てくるのだ。

 実はかくいう私自身も先日えらい目にあった。9月も2週目のことだ。日中はともかく朝夕はかなり過ごしやすくなっていた。前日家内と二人でゴルフに行き、午前中のスループレーで1ラウンドして早々と帰宅し、ゆっくり休んで翌日、日赤眼科に恒例の診察に行った。
 日赤へはほとんど自分の足で行く。家内は車に乗せたがるが、私は歩きたいのだ。下の作並街道からバスに乗り途中の停留所から地下鉄の駅まで歩き、終点駅から病院まで歩く。これが途中坂道は多いし、往復1万歩強になって週に5万歩の目標にピッタリなのだ。

 ……で、この日もあさ7時半に家を出て病院へ向かった。ところが病院で思いのほか時間をとられ、帰路についたのが10時半過ぎだ。しかもバスの便が悪く、作並街道のバス停を降りたのが11時半過ぎ。さらに昨日からの真夏日連続とあって、住居までカンカン照りの上り坂ですっかりヘタバッテしまい、「本当の夏バテは秋になってからやってくる」をあらためて痛感したのだった。

 この「夏バテは秋」を知ったのはもう60年近く前だ。当時"ラジオドクター"として有名だった故石垣順二氏のコラムで読んだもので、以来私の日々の健康の指針のひとつになった。そして近年はこれに「特に年寄りは……」とつけ加えているが、同じことを石垣さんがいっていたかどうかはわからない。
 

2020年09月18日(金曜日)更新

第617号 〜脳梗塞のリスクが高いだと!?〜

 先日、半年ぶりに受けた心臓の精密検査で、ちょっとイヤな診断をされた。
 この検査は住居に近いかかりつけの内科医から「心臓に異音があるので、念の為大きな病院で精密検査を受けて下さい」と日赤の循環器内科を紹介されたものだ。その1回目の検査で半年前、特に問題点はなく今回は2回目だ。前回同様エコー、心電図の検査を受けて採血され、すべてのデータが揃うまでに1時間半ほど待たされて診察室に呼ばれた。

 席につくと医師が「前回の検査の後、新しく服み始めた薬はありませんか?」という。「そういえば、ゴルフなんかの後、夜中足がつることが増えたので、漢方薬をもらって服んでますけど」「いや、そういうものじゃなく……」「他にはありません」「動悸や息切れは?」「全然ありません」「しかしこれはやはり気になるなぁ」と医師が細かいグラフの1点を指さしながらいったのだ。
 「こういうのが進行すると脳梗塞のリスクが高くなるんですよ」

 いやぁビックリした。脳梗塞なんて自分にはまるで無関係な疾患だと思っていただけに尚更だ。町内に大震災後これで倒れてリハビリ中の人がいるが、運動にはおよそ縁のない人なのだ。
 だが専門家が細かい検査データを根拠に判断したのだから、まず間違いないだろう。ここは医師の指示に従うのがいちばんだな、とすぐ納得した。そして血液をサラサラにする薬を10日分処方され、24時間心電図の装置を胸の肌に貼りつけて帰ってきた。
 1週間後、この心電図のデータと薬服用の結果を見て、適切な治療法を立ててくれるのである。その間これまでどおりの生活でかまわないので、こちらは待つだけだ。また1週間後なら本稿の末尾に結果を書き込むこともできる。

 初体験の24時間心電図は、何でもすぐ野次馬になりたがる私には楽しめた。特に面白かったのは装置と一緒に渡された"行動記録表"だ。幅15センチほどの用紙に横書きの欄が設けてあり、左側に分刻みで時刻と所要時間、その右に何をしたかを書き込むようになっている。私なんか長年モノを書いているのだから、ここは楽しまなきゃとあれこれ工夫して書き込んだ。
 たとえば休憩も"忙中閑あり""下手な考え……""親が死んでも食休み""時の過ぎゆくままに……"といった具合だ。

 さて1週間後、24時間心電図のデータ解析結果は別に問題なしだった。私にしてみれば、「脳梗塞のリスク……」だなんて脅かしやがって……である。しかしこうした小さな兆候(私自身はさっぱりわからなかったが)を見逃さず、さらに詳細な検査をするのは、いい医師だと思う。ヤブ医者は目先の症状でしか患者を診断しないからだ。私にも苦い経験がある。
 いずれにせよ、88歳にもなれば何が起こっても不思議じゃない。
 

2020年09月11日(金曜日)更新

第616号 〜足の衰えにはクスリより"歩け"だ〜

 毎月送ってくるJRの『ジパング倶楽部』の裏表紙に面白い広告があった。
「あぁ、衰えは足から来る……」と題した脚の筋肉を増強する健康食品の広告だ。コミック風のイラストにちょっとしたコメントをつけたカットが9コマ。カラー印刷だし、コメントのラストのキモコピーが他の2倍サイズの金赤でけっこう目立つ。その9本のコメントは以下のとおり。
「何でもないところで、つまずく」「ちょっと動くのもおっくう」「つい、何かにつかまってしまう」「下りの階段がこわい」「歳とともに歩きが遅くなる」「動く、その始めの一歩がしんどい」「歩くとフラつきやすい」「靴下を履くときよろける」「立ち上がるのがつらい」

 いずれも"年をとる"につれて誰にもやってくる"衰え"だ。"年老いる"につれてじゃない。それはイラストの人物からもわかる。8番目「靴下を……」でよろけている男性は髪フサフサの眼鏡の現役世代だし、2番目「……動くのがおっくう」とレンジの傍でヒザと腰を手でおさえていていかにもしんどそうなのは茶髪ボブカットの中年奥様だ。またよろよろ歩きのお爺さんが小さな女の子にさっさと追い越されていたり、背も腰も曲がったお婆さんがやっとの思いで立ち上がりかけていたり年寄り世代ももちろんいる。
 広告には「衰えの原因は筋肉量の急減」「私たちの筋肉量は60代ごろから急速に減少。特に脚の筋肉量は全身の約70%を占めるため、早めに対策をしないと……」と説明がある。私もまったくそのとおりだと思う。

 ピッタリの例がある。私より5歳年上の父方の従兄だ。
 当地で旧制中学校卒業後地元の鉄道弘済会に入り、定年から嘱託まで勤めて退職した。内気で生真面目な性格で「親が右向いてろといったら、一日中右向いてる」と親戚中からいわれるような温厚律儀な人だった。酒も煙草もやらず趣味らしい何もなかった。
 退職後はほとんど家にいて、時々周辺を散歩していたが、ウォーキングといえるほどではなかった。その散歩もあるとき階段で滑って腰を痛めてから出かけなくなった。毎日家にいるようになって認知症気味になり、最後は風邪をこじらせて亡くなった。

 例をもうひとつあげる。私たちの住居は4階建の集合住宅が9棟あるマンション団地内で、エレベーターがない4棟中の最上階にある。つまりハガキを投函するなどちょっとした外出ごとに40数段の階段を上り下りしなければならないのだ。私などはそれが体のためになると思って住み続けているが、大勢の中には億劫になる人もいる。私たちと同じ棟のOさん夫婦がそうだった。
 Oさん夫婦は私とは干支ひと回り半若かった。だが二人ともスポーツとはあまり縁がなさそうだった。2年ほど前だったか、旦那が松葉杖を突いて歩いており、又聞きだが朝ベッドからおりるときにアキレス腱をひねったという。それから間もなく夫婦は他所へ引っ越して行った。

 さきに紹介した広告は減少する筋肉量の回復に効果がある新しい機能性表示食品である。"機能……"とは従来のトクホや栄食機能食品からさらに分類された新しい健康食品だ。こういうものは"鰯の頭も信心から"で信じる人には効果がある。
 ただ私は40代50代の頃からよく歩くことを心がけ、それを生涯の習慣にしてしまえばもっといいんじゃないかと思っている。
 
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