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2012年12月17日(月曜日)更新
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第70話 スケッチ日本経済(4)
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名古屋市長の河村たかしさんの考え方と話し方は、とても正しく大づかみ(わしづかみ)していて、名古屋弁と比喩の使い方も含めて、超よくできている。
彼の減税論こそ、おもしろく、わかりやすけれ。
国の役割は会社でいったら「総務部」だぎゃあな。こんなもの少人数でやりゃええんだ。税金は、そのための年貢(ねんぐ)だがな。江戸時代みたいに五公五民たら四公五民たら、とったらあかん。いちばん大切にせんならんのは、民間の「営業部」だがな。焼肉屋のおやじの方が大事(でやあじ)だぎゃな。
とても明快なり。
総務部員は少なくし、営業部員こそ経済活動の実働部員だ。総務部員たる公務員は営業部員の民間企業とバランスを保って、人員と給与を減らすべきは当然。
政治家は、取締役なので、衆数のリーダー能力者(人材)が選ばれるシクミにすべきだ。そのため、言論の活発こそ必要で、日本では、これはかなり満たされている。
「原発」 これについて賛否あり。
政治家を引退したヨサノカオリさんの賛成論(文明の利器をいたずらに捨てず、最高の技術力の粋(スイ)を尽くして発展させよ)は、大正論とも思えるが、しかし、世の中に四つしかない力(チカラ)の源泉(1、引力 2、弱い電気力 3、強い電気力 4、核力)の中、4、核力だけは、その制禦の神の力は存在しない、と考えるべし。
よって、原発廃止、脱原発、卆原発でいこう。
「TPP」(トランス・パシフィツク・パートナーシップ)協定。
太平洋のグルリ何十カ国(日本、アメリカ含む)が貿易を自由にしよう。そのとき「関税」をなくしようという貿易協定のことである。
これも賛否別れる。
明治開国以来、日本は欧米と肩を並べるべく背伸びして、経済成長してきたが、「関税自主権」を失って、その後、これを取り戻すのに大きな苦労をしたことを忘れたのか。
外国と貿易するのに「関税」を日本で決める権利を放棄するバカ者になるなかれ。「PTT」許すべからず。TPPはアメリカの米を日本に上陸させるだけ。断固反対せよ。
「消費増税」
野田ドジョウさんが「決断した」といばる政治決定である。河村たかしさん、亀井静香さん、山田正彦さん、嘉田滋賀県知事など「日本未来党」、それに社民党、共産党などは、「消費増税」撤廃勢力だ。小沢一郎さんは、この一点で、民主党から分かれて「国民の生活が第一」党を立ち上げたのだ。
野田さんの「決断」(自民、公明、民主含めて決断)はひとつのあり方だが、小沢さんたちの考え方こそ、正しいのだ。「消費増税」撤廃すべし。
ただし、「税と社会保障の一体化」論は正しい考え方だ。消費増税分は、すべて社会保障(年金、医療、介護)に「のみ」使うという。
そうだとするならば、私は、半ば支持する気持ちにもなるのだ。そうだとすれば「消費税」といわず「消費保険」とネーミングすべし。
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2012年12月14日(金曜日)更新
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第69号 スケッチ日本経済(3)
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(1)で、日本経済は戦後、所得倍増からゆるやかな成長(平成4年)まで40年続き、平成4年から今まで(これからも)20年、成長が止まり、平行線のデフレ状態であることを見た。
(2)で、今や「デフレ脱却」論がナンダカンダ言われるが、この論の立て方自体が間違いである。なぜなら、デフレ脱却論はフロー経済のみに着目した論で、経済はフローの他にストックとの総合であるからであることを見えてきた。
さて、「花見経済」の筆者の笠さんは、経済学の骨組み、しかも日本人に適した経済学が欲しい。自分はつくれないので、後輩の人たちに是非考えて欲しいと悲痛な叫びを発していた。
そのひとつの考え方の枠組みとして「生産の4分類」があると思う。
1、国民の消費のための生産
衣食住の生産です。食についていえば、漁師が魚をとってきて、市場、卸し、小売を経て、私が買うネダンが生産高として計算される。
2、民間投資
設備投資である。生産供給力を増やすための設備に払う金です。
3、公共投資
国(政府)がインフラ整備などに使う金です。
4、輸出と輸入
中国への自動車輸出、中国からのウナギ輸入など国民生活のため、とても大きい役割を果たしている。
この4つの枠組みは、日本経済のバランスを考えるのに、悪くない。1、の消費のための生産が6割(500兆円中300兆)というのは当然だろう。
輸出入は、プラスマイナスゼロペースだろう。
あと4割が、民間投資、公共投資か。
この4分類は、おそらく、笠さんも大喜びの枠組みだろう。
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2012年12月13日(木曜日)更新
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第68話 スケッチ日本経済(2)
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平成4年から、インフレがデフレに転じ、今まで20年間続いていて、これからも続きそうである。
この20年間を「失われた20年」と呼んで嘆く人がいる。今、衆議院議員選挙中で、「デフレ脱却」を叫ぶ候補者は100パーセントだ。
しかし、このスローガンは実現不可能なのだ。アベさんの2パーセント成長論はもちろん、ノダさんの1パーセント成長論も不可能だ。もっと本質的分析をなぜ、しないのか。笠さんが生きていたら、嘆くだろう。
今、日本の1年間の国内総生産(GDP・グロス ドメスチック プロダクト)は500兆円弱(470兆円ぐらい)という。これを5000万世帯で割れば、年間1世帯1000万円の収入だ。会社や個人企業の稼ぎ出す金額だ。なかなか大した生産力ではおまへんか(ありませんか)。
こういう生産力状態が、ここ20年間のデフレ時代は上向きにならずに同じ状態で続いている。物価は安いが、収入も少ない(それ以前のインフレ期にくらべて)。この状態を嘆いて、政治家や評論家は「デフレ脱却」を叫び、そのための政策をナンダカンダ主張している。
日米戦争のとき、負け必至でも「神国日本負けるわけない」と妄想したのと同じである。選挙に勝つため「デフレ脱却まかせとけ」という心理はわかるけど。
「デフレ脱却論」言うべからず。言う必要なし。
経済は、年間GDPというフローだけのことではなく、ストック(いままで積み重ねてきたインフラや家庭の財産)も合わせたものだ。
戦後から営々と経済成長を続け、昭和30年前半、池田首相の所得倍増論もクリヤし、昭和40、50年代と成長を続け、ストック経済は成熟した。
家庭のストックも、家、土地、テレビ、冷蔵庫、洗たく機、エアコン、パソコンなど行き渡った。
収入は上がらないが、年金、医療、介護などの社会保障も中福祉レベルで整い、輸入商品を大いに安く買える状態にある。
「デフレ脱却」論という経済のフローという一面から、日本経済を論じるバカをやめよう。
経済は「フロー」と「ストック」の総合なのだ。
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2012年12月12日(水曜日)更新
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第67話 スケッチ日本経済(1)
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朝日新聞論説委員の笠信太郎(りゅう しんたろう)さんが、「花見酒の経済」と題して、昭和30年代前半の日本経済のインフレ傾向に感心しながら心配した経済エッセイ2篇を、そのころ、発表した。
その頃、私は大学生だった。「花見酒の経済」を読んだのは、20年以上、後のことである。そして愛読書のひとつとなった。
その本の中で、笠さんは、池田勇人(いけだ はやと)総理大臣を幸運な人だと評している。なぜなら、彼は所得倍増論(国民の所得を2倍にする)をぶち上げた。そして、そのとおり実現したからである。
今(平成24年)では、年間所得1パーセント増でも実現困難な時代である。エラチガ(えらい違い)である。
ところで、昭和30年代前半の好景気は、昭和が平成に変わって24年後のバブル崩壊まで昭和30年から数えて37年間も続いた。
私の個人史と照らせば、大学時代、出版社時代、弁護士時代の前半20年間だ。
平成4年以降現在まで20年デフレ(収入減る。物価は安いが)時代が続いている。
平成24年12月11日現在は衆議院議員候補者たちの選挙運動期間で、12月16日投票だ。
候補者の多くは、いとも簡単に「デフレ脱却」政策を言う。
そのほとんどが、実現不可能政策である。マユにツバをつけて聞くことを、私は強く、おすすめします。
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2012年10月24日(水曜日)更新
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第66話 インフレ・デフレ論
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昭和30年(1955年)から平成4年(1992年)まで30年余りはインフレ時代。それから現在(平成24年、2012年)まで20年のデフレ時代は、まだ続きそうだ。
私にとって、大学時代、出版社時代、弁護士時代前半20年はインフレ期。弁護士時代後半20年と現在の隠居時代はデフレ期だ。
長いインフレの後、長いデフレのトンネルから抜けられない。
私の人生74年中、54歳までは、大いにインフレの好景気の恩恵を受け、その後20年はデフレの不景気の波にもてあそばれた。
私は今まで弁護士を40年、生業としてきた。その前半の働き盛りの20年、インフレのおかげで、仕事も遊びも活気に満ちた生活をしてきた。後半、老年に向かう20年はデフレの波に浮かんだ、ややしぼみ気味の仕事、生活だった。
今や老年、隠居の身で、仕事はしていないので、仕事の収入はない。だからデフレによる生活の影響はない。
むしろ、デフレの二つの面 1、「収入が減る」 2、「したがって消費が減る」の中、1、はもはや卒業して、現役の収入なしで生活できるので、デフレなのにデフレの不景気影響(収入減)も受けない。
デフレの現象は 1、「収入が減る」 2、「物価が下がる」であり、インフレの現象は 1、「収入が増える」 2、「物価が下がる」である。
今のデフレ時代、仕事現役世代が「物価が下がる」のは良いが、「収入が減る傾向」が伴うので、生活の活気がしぼみ勝ちになり、デフレ不景気の影響を最も受けている。
私のような隠居老人はデフレの「物価安」の恩恵だけを受ける、きわめて幸運な世代である。
私は金持ちの息子でなかったが、昭和30年代、大学時代、大学にはほとんど行かず、10を超える職業(アルバイト)を経験した。社会とつながり、大学は形だけでつながっていた。
今はどうか知らないが、私は京大法学部卒業だが、まともに講義など受けていない。え、試験なんて適当に書いたら、みんな合格だった。大学時代もインフレの活気に満ちていたのだ。
日本は今や、インフレの成熟の後、必然的にデフレに転じているが、世界の中には、ブリックス(ブラジル、ロシア、インド、中国)、新興国(インドネシア、ベトナムなど)インフレで活気があふれている。
思えば、日本も、明治近代国家以降において、はじめて、インフレ、デフレの激動をしたのであって、それまでは、進歩(インフレ)も退化(デフレ)もない停滞時代だった。
今や、「デフレ脱却」の声が満ちあふれているが、声だけで脱却できたりはしない。インフレの成熟の結果のデフレなのだから、日本の農業が世界に見られない進化を遂げつつあるなど、デフレを突き抜けた経済成長の新しい時代に入るエネルギーの出しどころなのだ。
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