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安田健介
弁護士・S13生れ 京都在住
同人誌「奔馬」編集長

『私を笑わせた話たち』同一人
「笑話」は毎週「火・金」発表
200話を超えて継続中です。
この度、支配人におねだりして
『私を考えさせた話たち』を
毎週「木」に発表させて頂く
こととなりました。
何故なら「笑い」は生活を
笑い視点から照らすものなので
硬直的思考をときほぐし、少な
くとも二次元的視点を手に入れ
て、快感を入手するものです。
しかしそれだけでは、生きる力
(チカラ)に足りない。
「笑い」の基盤たる「考える」
を掘り起こす要ありと考えたの
です。
どうか、お付合いください。

ブログ
安田健介は なにを 考えているか
http://plaza.rakuten.co.jp/
satotakehiko/

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2013年10月15日(火曜日)更新

第100話 空気(風)は世界をかけめぐる

 地球は、水(海、川、雨、水蒸気)と空気が移動しまくっている中で、海から顔を出した陸地が一部にあり、私は島・日本(陸地の小さいの)の上で生きている。

 最近では、気象情報士たちが、分かりやすい上空の情報提供へ、しのぎをけずっている。

 私も日本近辺のみならず、世界の上空を移動する空気の状態をイメージすることは、楽しい頭のスポーツとしている。

 故寺田寅彦さんは天気に関するエッセーを沢山書いておられて、私はずいぶん楽しく読んだ。

 さて、素人の私が空気(風)の移動の一事象として、はじめてナルホドと知ったことを発表します。

 それは夏の日の海辺の風の変化のことです。

 私は海辺(日本海)で育ったので、海と陸の温度差は、よく知っています。

 夏の昼、陸地は熱い。よって海や川の冷たい水で体熱をさます。

 夏の夜、海水の中に入ったことがあって、陸地よりずっと温かいことを体感した。

 夏の日は、昼は陸が熱く、夜は海が温かいのだ。

 それがどうしたのだ。

 昼は海風(海から陸へ)が吹き、夜は陸風(陸から海へ)が吹くのです。朝方と夕方の一時期には風がピタッと止む(朝なぎ、夕なぎ)。

 なぜか。

 風は空気が重い(濃い、冷たい)方から、軽い(薄い、温かい)方へ吹くからです。

 このことが、私の天気に関する原点の知識です。
 

2013年10月07日(月曜日)更新

第99号 建前と本音の関係

 人間の大人は「建前と本音をうまくあやつれる能力のある人」ではなかろうか。

 人間以外の生きものに建前の余地はない。

 人間の大人(刑法41条では14歳、民法4条では20歳、民法731条では結婚可能年齢男18、女16歳)の資格とは、本音を制禦して建前を実行できるのだ。

 しかし、「禁酒法」やら「生類あわれみ令」の建前を実行しつづけるのは困難いや不可能。

 私だったらどうするか。ドブロクを密造するか。

 幸いなるかな。近くのコンビニの冷蔵庫からアサヒスーパードライを24時間もち帰られる。

 この前、橋下徹さんの失言事件があった。「従軍慰安婦」問題について、「あれは止むを得なかった」とか、沖縄の米軍基地に行った際、米軍担当者に「風俗営業を活用すべき」とすすめたことだ。

 橋下さんは、性に関しては、本音主義的だ。風俗営業は法律(建前)で認められているとはいえ、積極的に活用をすすめるべきものではなかろう。

 しかし、この法律は本音(性本能)を建前(法律化)させたものだ。

 従軍慰安婦問題も、建前化(法律化又は軍や国による(取仕切り)まではできず、本音(性欲)商売業者が金儲けのためやったのを、日本国は止めなかったのだ。

 豊臣秀吉は、これと違って堂々と遊郭を公認した。私が昭和32年(遊郭最後の年)19歳の時、京都の島原遊郭に遊んだが、門の前に、秀吉公認のことが記されていた。

「建前と本音関係論」はおもしろい。

 一例をいえば、犯罪(殺人、窃盗、姦淫など)を犯す者は、人間が神へと向かう建前を取り込めず、人間が動物になり下がる、きたならしい本音地獄に落ちてしまった者なのだ。
 

2013年09月25日(水曜日)更新

第98号 ハンザワ何某の件

 ハンザワ何某(銀行員)のドラマが日曜日夜の4チャンネル(TBS京都)テレビで話題になった。

 私はテレビは見ていない(夜9時には寝ているから)。

 ただし、チョコットだけインターネットで見た。

 女房はテレビを全部見たらしい。今日(平成25年9月24日)昼飯のとき、女房からドラマの結末を聞いた。結末がどうなるか、何かと話題になっていたらしい。

 テレビ視聴率は30パーセント後半で、すごかったらしい。最終回(9月22日)は40パーセントを越えたとか。

 銀行員ヒラのハンザワ何某が大活躍する話らしい。

「倍返し」だとか「100倍返し」だとかの言葉がおどる。ハンザワ銀行平社員が上司の圧力に屈せず、反発して成り上がっていく話らしい。

「やられたらやり返す」「倍返し」の反骨青年だ。

「倍返し」なる言葉は、弁護士である私には、すぐに民法の条文が浮かぶ。

 民法557号1項だ。

 売買契約で買主が売主に手付(通常1割くらい)を渡したとき、一定期間、売主は手付けの「倍返し」をして、契約を解除(やめる)ことができるのである。

 ハンザワ何某の言う「倍返し」「100倍返し」とは意味は異なるけれど。

 女房の話だと、ハンザワの最終回の「100倍返し」にはならず、ハンザワが左遷(出向)させられて終わったという。

 何とも見っともない終わらせ方である。

 それを聞いて私は、「それは当然だ。何故なら、暫らくしてつづきをTBSはして、視聴率を稼ぎたいからだ。

 と、訳知りの解説をした。
 

2013年09月09日(月曜日)更新

第97話
 思考と行動における言語(3)

 麻生さんの不完全発言と受取人の受取力不全との相互作用によって、麻生発言の流通不全の例をのべた。

 こういった「発言と受取の不全」の例は、あそらく、日本国内にあまねくあるだろう。

 その原因として、「日本語の欠陥」の面があるだろう。

 しかし、「それを言っちゃあおしまい」である。何故なら、日本語の海の中を日本語人は泳いでいるのだから。

「日本語や朝鮮語」と「英語やドイツ語、フランス語」とは、文の構造が全くちがう。「中国語」ともちがう。しかし、中国語は英語に近い。「主語」「述語」(文の骨格)をはじめに示すところ。

 日本語はちがう。「主語」を明確にしない。「述語」は文の最後にして、その間にナンダカンダ形容詞的なことをはさむ。

 述語にしても、「助動詞」つかいまくりで「である」「のだろう」「かもしれない」「ではないか」など、アイマイ表現多し。


それだけ日本語にはニュアンスをたっぷり含ましめることができるが、しかし、基本骨格をアイマイにしかねない。 

だから私は、日本語は英語より劣ることを理解した上で、日本語を駆使できる能力を養う努力が必要と思うのだ。
 

2013年09月02日(月曜日)更新

第96話
 思考と行動における言語(1)

 ハヤカワさんは「思考と行動における言語」という表題で1冊の本を発表した。

「思考と行動における言語」とは、何を論じるものか。「言葉や文章(あるいは画像や映像)が、どのような意味で受けとられ、どのような行動にまで至るか」 つまり「言葉の受けとられ方」を、たくさんの具体例を通じて考えようとした本である。

「言葉の受けとられ方」を論じることは「一般意味論」と呼ばれている。

「思考と行動における言語」(1)で、麻生さんは「ワイマール憲法からヒットラー憲法に変えられた経緯」を例にのべた。

「麻生さんは正しいことを言ったのに、まちがったことを言ったと受けとられたケースが相当(どのくらいか不明)あったらしい」ことをのべた。

 これなど「一般意味論」としては、まことにぴったりの具体例です。

 麻生発言の件は、
1、 麻生さんの発言が舌足らず。
2、 受取人の国語力(受取力)足らず。
 によって、意味の流通が不完全だったのです。
 
 大阪市長の橋下さんは受取人があったので、正しく受取った。

 しかし麻生さんは、発言を付け加える(釈明する)ことを何らせず、意味不全のまま放置した。

「ワイマール憲法という良い憲法がヒットラーの策略に国民がだまされて、民主的手続きに変えられてしまったことがあった。だから民主的手続きにも弱点がある」

「この事例を『反面教師』として学ぶべきである」

 このように麻生さんは釈明すべきところ、それをしなかった。まことに遺憾です。
 
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