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安田健介
弁護士・S13生れ 京都在住
同人誌「奔馬」編集長

『私を笑わせた話たち』同一人
「笑話」は毎週「火・金」発表
200話を超えて継続中です。
この度、支配人におねだりして
『私を考えさせた話たち』を
毎週「木」に発表させて頂く
こととなりました。
何故なら「笑い」は生活を
笑い視点から照らすものなので
硬直的思考をときほぐし、少な
くとも二次元的視点を手に入れ
て、快感を入手するものです。
しかしそれだけでは、生きる力
(チカラ)に足りない。
「笑い」の基盤たる「考える」
を掘り起こす要ありと考えたの
です。
どうか、お付合いください。

ブログ
安田健介は なにを 考えているか
http://plaza.rakuten.co.jp/
satotakehiko/

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2013年05月15日(水曜日)更新

第90話 歌謡居酒屋「いさてつ」のこと

 私は「私を笑わせた話たち」で、4月28日(日)の囲碁大会(アマチュア名人選京都予選)で負けたあと、行きつけの近鉄「桃山御霊前」高架下の歌謡居酒屋「いさてつ」でカラオケ歌いまくりの楽しい夜の話をした。

 すると、グーグルで「近鉄桃山御霊前高架下」を検索すると、私の話がでてきたのである。

 私が本稿でいいいいたいことは、私の行きつけの「歌謡居酒屋」の「いさてつ」が初めてネット上に載ったことについてである。

 私の文章がネット上で初めて「いさてつ」情報を発信したのである。

 これほど私行きつけの楽しいカラオケ居酒屋(しかも、いつも満席)がネット上で今まで無視されてきたのは何故なのか。

 私もグーグル検索のお世話にここ数年、大いになっている。しかし、グーグルといえども「いさてつ」情報をつかんでいなかったのだ。

 グーグルはグーグルマップを作成し、全国隅々までの情報を発表している。私の自宅も、地図、写真まで見ることができる。

 しかし「いさてつ」は抜けているのである。これだけ、私を含め歌好きの人で毎日満席(ただし9席)の楽しい店なのに。

 私の情報がグーグルに採用されて、初めて「いさてつ」はネット上の店となった。

 この店の近所には、すでにネット上で情報の得られる店がいくつかある。

 その中でも、私が薦めるに評価すると思えるのが「いさてつ」の他に二つあり。

 一つ、「いさてつ」の隣の「わかさ」。二つ、大手筋のうまいもん屋「櫻」

 この二店は推奨に値する。その他、ネット上有名店あるも、ありふれた店。

 だからネット上も「いさてつ」を見逃す情報不足があることを認識すべし。

「いさてつ」が有名になりすぎても9席しかない店なので困る。オカミさんの魅力も余り知られたくない。
 

2013年03月25日(月曜日)更新

第89話  見捨て心があるならば

 私は昨日(平成25年3月21日)京都銀行に散歩途中寄った。住所が平成21年以前の法律事務所のままになっていたのを、事務所を閉鎖しているので自宅に変更する手続きのためである。

 その手続きに必要と思われるものとして、健康保険証(銀行に出向いた人間と預金者が同一であることの証明材料)と銀行印を持って。すると、手続きは不調(失敗)に終わった。理由は3月14日から私は後期高齢者になったからで、うっかり3月13日まで有効の国民健康保険証を持って行ったからだった。そういうわけで、今日の午後のウォーキング途中にもう一度寄ろう。

 なにしろ、平成23年からは事務所を閉鎖し、自宅が事務所も兼ねているが、私としては法律事務所の依頼は受けず、隠居生活(インドでいう林住期)に入った。

 それゆへウォーキングやその途中で居酒屋なり昼間から開けているカラオケスナックに行ったり自由である。しかし、自由とはいえ、実は大いに不自由である。女房から帰宅時刻を夕方5時と門限があることは充分いいが、私の財布の中の紙幣の額が窮屈なのが不自由の原因である。

 いえ、女房は鬼ではなく、イール好きの私に不自由させないよう配慮してくれるが、カラオケスナック代にはチト不自由である。

 その不自由のスキマの可処分所得の範囲内で、カラオケスナックにチョクチョク行く。

 行きつけのところは、60歳くらいのママさんが一人でやっている。自宅の一階を店舗に改装している。せいぜい客席は15人位でいっぱい。私が行った時には少ない時は私1人。5、6人ぐらいが多い。

 そこでたいがいビール中ビン3,4本飲み、歌を3,4曲歌う。その店はカラオケリース代月5万円だそうだ。家賃、給料不要だからやっていけるのだろう。

 私がそこで歌う曲は、ここ2年変遷がある。最近でいうと、
1位 十九の春
2位 五番街のマリー
3位 夢想花 といったところ。

 表題の「見捨てこころがあるならば」は十九の春の中、3番の曲のワンフレーズです。このフレーズが私の気に入りなのだ。十九の春は沖縄で古くから歌われている歌で、何人かの歌手が歌っている。私はバタヤン(田端義夫)の歌いぶりが好きだ。

1、私があなたにほれたのは
  ちょうど十九の春でした
  いまさら離縁というならば
  もとの十九にしておくれ
2、もとの十九になったなら
  庭の枝木を見ておくれ
  枯木に花が咲いたなら
  十九になるのも安いけど
3、見捨て心があるならば
  早く教えて下さいね
  年が若くあるように
  思い残すな明日の春
4、主さん主さんと呼んだとて
  主さんにゃ立派な方がいる
  主さん主さんと呼んだとて
  一生かわらぬ片思い
5、1銭2銭のハガキでも
  千里万里の旅をする
  同じコザ市に居りながら 
  会えぬ心の切なさよ
6、奥山ぐらしのウグイスは
  梅の小枝で昼寝して
  春がくるよな夢を見て
  ホケキョホケキョと鳴いている

 おそらく沖縄では十九の娘はすべてが若い男衆にもっと早くから合体を経験したであろう。

 しかし恋は別。この娘はほれた男がいた。その若者への恋こがれと、一縷の心配をもって生きているのだ。いやこの男にはすでに「立派なお方(正妻)」がいる。この娘は愛人に過ぎない。

「見捨て心があつたなら早く教えてほしい」それは教えないでしょう。だから思い残しがないように男を虜にしよう。今の蕾みの時にこそ大事なのだ。

 6番はウグイスを吾が身にたとえ、「夢見」を語っている。
 

2013年02月08日(金曜日)更新

第88話 スケッチ経済(22)

 明治維新ではヨーロッパ(ドイツ、フランス、イギリス)に追いつけ追いこせ、日米戦争後はアメリカに追いつけ追いこせで、日本経済は成長を続けてきた。

 昭和47年ニクソン米大統領が1ドル360円固定為替レートを廃止し、徐々に円高が進んだ。

 昭和60年プラザ合意(さらなる円高合意)で円高は加速し、ついに今日に至った。

 安倍さんは、「こりゃたまらん」と、「円高」「デフレ」から「円安」「インフレ」転換をめざしている。

 韓国は輸出伸ばしのため、国を挙げて「ウォン安」政策をとり、テレビ、自動車など輸出(米、中国へ)を伸ばし、日本をしのぐ勢いだ。

 ヨーロッパではユーロ経済国を形づくり、つまり同一国家に近い地域を拡大して、経済成長の材料にしている。

 日本でも、一時東アジア経済圏構想ができたが立ち消えた。

 日本経済成長への道として「ユニクロ」「ニトリ」方式はその一つだが、これは国内生産減少の道であるのだ。

 先進国日本経済が成長を続ける道は何か。

 同じ苦悩をした「アメリカ」「ドイツ、フランス、イギリス」などを参考にしながら脱出口を見つけるしかない。

 新興国(ブリックス、アセアン)でも生産できる原始的製品、サービスでは負けに決まっている。

 アメリカは、テレビや自動車の負けをIT産業でカバーしたように、日本は、日本イノベーション産業で生きのびるのだ。

 日本イノベーション産業(世界のどの国の追従をも許さない産業)で勝負するのだ。勝負できるのだ。

 すでに産業再生会議でも取上げられている「農林水産業」においては、国の周囲が全部海の日本は世界6位の資源大国である。

 しかも日本列島の位置の自然環境のすばらしさよ。四季の変化あり、自給自足できる素晴らしい環境が与えられている。

 1次産業能力がずば抜けているだけでなく、加工業(2次産業)販売サービス付け加え(3次産業)合わせた6次産業能力は、たとえば「日本料理」「すし」などを考えるまでもなく、世界ダントツ1位なのだ。

 過度なナショナリズム(愛国)はやめよう。

「イノベーション」こそ、日本の今の標語であるべきだ。
 

2013年02月04日(月曜日)更新

第87話 スケッチ経済(21)

 いままで、日本経済について、私の生きてきた74年の経験やら情報による知見やら取り混ぜて、考えたことを語ってきました。

 とりわけ、昭和30〜50年代は、私の大学、出版社、弁護士前半時代と重なるインフレ、バブル時代で楽しみまくった生活とともに思いだす。

 その後、平成の20年(弁護士後半時代)の、あまり収入あがらず、ついに事務所閉鎖に至るデフレのパッとしない時代のつづきとして、今がある。

 今や年金生活で、そこそこの生活だが、あまりパッと遊びまくれない生活の中で、過去、世界など、空から眺めようとしている。

 日本経済は年間500兆円(470兆円か)ぐらいで、ここ20年平行から下降気味らしい。

 その生産の6割は消費のための生産という。300兆円ぐらいか。

 最近の情報で、「輸出」と「輸入」くらべて、「輸入」が多くなったという。中国への輸出が減ったためという。中国はイヤな国だが、戦略的に仲良くなるしかない。

 ところで「輸出」「輸入」の規模は70兆円規模だという。

 すると、国内消費(300兆円)と合わせて370兆円規模となる。

 残りは「民間投資」と「政府事業」だ。合わせて100兆円か。

 いや、「輸出」「輸入」差はわずかだから、民間投資、政府事業が150兆円が期待されるか。

 ところで今や、「円高」のため「輸入」 いらっしゃーい時代である。

 これによる日本人の生活の豊かさはどんどん上がった。私の口にも世界中のご馳走が入ってくる。

 ベトナム、タイ、インドネシアから、日本円を使って安く必要品や棹ビスをいただける(旅行含む)。

 逆に、今や日本から外国に輸出できるのは、金額は基本的に高いから、「高付加価値」の商品(サービス含む)しか、ない。

 戦後のアメリカの立場と同じだ。

「農林漁業」という日本のすばらしい自然資源(世界6位)による食べもの(海幸、山幸)の1次産業から、それを加工する2次産業、さらにサービスなど付加価値を加える3次産業(合計6次産業)の発展成熟は、日本はまさに世界でダントツである。

 もちろん、それだけでなく、山中教授発明の万全細胞事業はじめ、イノベーション能力において日本は世界一だ。

 いや、あまり威張りすぎてはいけない。

 私は、アングロサクソン(イギリス、アメリカ)民族の力には、日本人にない能力を感じている。

 もちろん、ヨーロッパのゲルマン民族、ユダヤ民族もすごい。

 日本民族も、決して劣らない。
 

2013年02月01日(金曜日)更新

第86話 スケッチ経済(20)

 私は昭和13年(いわゆるシナ事変の時)京都の本屋に生まれ、昭和19年、小学1年のとき父の田舎(兵庫県日本海岸 安木)に疎開して、その近辺で高校まで過して、その後京大、出版社、弁護士で生きてきた。

 小中学生の時は、ほぼ自給自足経済だった。わずかながら、父が実家から分けてもらった田畑で米や野菜やイモを収穫し、モチ、カキモチ、イモをおやつにし、川からサザエ、アワビ、魚釣りをし、野山にも食べものはいろいろあった。

 金が要ったのは高校の時の鉄道運賃、家でたまに買う魚や肉の代金などで、ほとんどは自給自足だった。

 自給自足だけでは足りない経済(交換経済)のため、家でしたことは「塩焼き」「炭焼き」だった。

 高校2年の時(昭和30年)、自給自足中心生活から交換経済に転換した。「読売新聞販売店」「菓子店」である。

 そこから私は大学(京大)に入り、主としてアルバイトで生活しながら大学を卒業し、出版社、弁護士で生計を立ててきた。

 私が幸いなことに、古代からの日本経済(自給自足経済)を経験したことだ。

 今、かりに、日本国内すべてが自給自足経済だとすると、GDP(国内総生産)は0(ゼロ)円である。

 しかるに今や、需要イコール供給年間500兆円の交換経済を日本ではやっている。自給自足も少しある(農家、漁業の自家消費)。

 しかも500兆円はフロー経済であり、その他に長年蓄積されたストック経済(家、土地、自動車、家電)がある。

 しかし、「生活保護」の必要もあるのだ。

 今や、日本経済だけでなく、アメリカ、中国、ブリックス、アセアン、貧困国などグローバル経済との共存も考えなければならない。

 アダムスミス経済だけでなく、ケインズ経済、厚生経済など「経済学」の発展こそ、人類全体の叡智であるのだ。
 
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