トイレマーク見てある記

タウンウオッチングだと言い訳しても
エロ爺だろう!の視線を浴びて

 
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大熊昭三(おおくま しょうぞう)
1928年、埼玉県生まれ。名古屋陸軍幼年学校を経て、1951年東京教育大学文学部卒業。愛知県半田高校、北海道帯広三條高校、川崎橘高校、川崎高津高校教諭を歴任して現職を終わる。
その後、専門学校の講師を勤める。その間、多くの山に登り、アフリカに遠征してキリマンジャロやルエンゾリに登頂。
教育評論家としてTV出演、週刊誌などでも活躍する。
主な著書
「こんな教師を告発する」「組合教師亡国論」(エール出版)「学校は汚染されている」(潮文社)「恐るべき親たち」(コンパニオン出版)、共著「日教組を斬る」「日本をダメにした学者・文化人」等、著書多数。

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2011年02月18日(金曜日)更新

第226号 ふざけるな! JR登戸駅

 山陰という言い方は失礼なことだが、「貝がら節」はどうだろう。秘境と言われるうちに行ってみたかったのが九州の椎葉村である。「おてもやん」はコミカルだが、「ひえつき節」も忘れがたい民謡だ。若いころ、誰方の著であったか忘れてしまったが、今なお覚えているのは「五木の子守唄」が三拍子であるという説を読んだことである。「アリラン」も三拍子。つらい子守奉公をしていたのは、あるいは半島渡来の少女であったのかもしれない。民謡の作者は不明だが、静岡の「茶っきり節」は北原白秋の作だ。方言をよみこんで秀逸である。川崎登戸に伝わる「あゆたか踊り」も白秋の作だ。最近鮎が戻ってきたようだが、昔は鮎を食べさせる料亭が繁盛していたらしい。若い頃耳にした民謡だが、ぜひもう一度、昔の賑わいを復活させて欲しいと願う。JR登戸駅の橋上駅舎。上にも横にも「女子トイレ」とご親切なこと。ここまでやったら、ふざけるナと文句を言いたい。
 

2011年02月11日(金曜日)更新

第225号 たまには民謡のこと JR登戸駅

 同僚の親戚であるお風呂屋さんに泊めてもらい、この相馬のあたりをウロウロしていたことがある。夕焼け空を仰いだとき、なぜかふっと「はるか彼方は相馬の空よ・・」という民謡を思い出した。いい民謡である。「ヴォルガの舟唄」もよいけれど、「酒田サ出るときゃ、、」という、あの「最上川舟唄」の方が好きだ。観光船のこたつに入って、名人の歌をききながら、雪の降りしきる最上川を下がったみたい、至福の時だろうナと思う。嫁ぐ娘にだけではない、仕事に行く人にも心をこめてその幸せと健やかさを祈る「お立ち酒」。「南部牛追い唄」や「江差追分」など、心にしみる。ほれぼれする民謡はなぜか北の方に多いようだ。最近、全国的に盛り上がりをみせ、も早や一大イベントにもなっている、各地の「阿波おどり」「ヨサコイソーラン」など。西日本にもメジャーな民謡がある、九州の「刈干切唄」などはどうだろう。山の端に沈む夕陽をみながら聴いてみたい唄である。
 

2011年02月04日(金曜日)更新

第224号 世にこびない店 JR小田原駅東口

 人さまの勝手だから、自分一人だけひがんで(?)バカ騒ぎしないだけのこと。南瓜はお面にするものではない。食べるものである。だからハローウインなんてあちらの風習を取り入れる必要ないし、あれで大騒ぎをする大人たち、テレビ局、みんなバカである。でも多勢に無勢。世の中は面白いもの、珍しいもの、あちら風のものへと変わってゆくのだろうな。第40号でみた小田原駅のトイレマークはもう無い。駅舎が改築され、ホームから半地下へおりて南口へ出る改札手前右側にあったのだが、今は橋上駅舎になっている。北口(JRでは西口といっている)とをつなぐ自由通路の左右に店がつらなり、地下街にはポツンと二軒の店。トイレはその先にあった。そして地上に出ると『ちん里う』がある。ういろうの名店だが、あちこちのデパートなどに店を出さない。古いがゆえに、日本中から人々が訪れる木曾馬篭、世の風潮におもねらないこの店の姿勢は頑固だが立派である。
 

2011年01月28日(金曜日)更新

第223号 年末のバカ騒ぎ JR小田原駅

「せり、なづな、、」と昔の作法通り口にしなくてもよいけれど、せめて緑の葉物を入れて七草粥を作ったらどうだろう。お宅では去年も、いえ子供の頃からこの習慣を守り伝えてきたでしょうか。つい此の間、十二月二十二日冬至の日、夕餉の膳にかぼちゃが出ていただろうか。ゆったりと柚子湯につかっただろうか。喜びである。針供養、菖蒲湯、七夕など、これらの日本のしきたり、習慣。きちんと守り、伝えている家族が一体どれだけあるだろうか。テレビも知らん顔である。しかし、木枯らしが吹き出す頃から、テレビやバカが騒ぎ始める。我が家を競ってイルミネーションで飾りたて、クリスマスケーキの宣伝がいやでも目についてしまう。それらをテレビが大騒ぎで報じる。まるで日本人すべてがクリスチャンであるかのようだ。私は日本人だから、聖夜より除夜、歳旦の方が大事である。皆クリスチャンなのか。天草の乱や二十六聖人は作り話なのだろうか。
 

2011年01月21日(金曜日)更新

第222号 豪雪の西丹沢 小田急 新松田

 最近は、年にニ〜三回も降雪があるかどうか。少し降りつもると交通はマヒし、転んで怪我人続出と大騒ぎである。ある年の三月末。雨は翌日には上がるという予報なので、西丹沢へ登山に出かけた。知人の山小屋(今はもうない)に泊まって翌朝、一面の積雪である。しかも三月の雪だから重い、ラッセルしながらの登山はムリとあきらめたが、小屋に近いバスの終点まで、バスは来ないという。途中の中川温泉までは何とかしますという、電話による営業所の返事。豪雪をふみ、大汗をかいて歩き、さらに二時間近く待ってやっとバスが来た。ノロノロ運転で小田急新松田駅へ、さらに一時間以上待ってやっと一本の電車が来た。家に辿り着いたのは夜の八時すぎだった。西丹沢に入るのに、新松田駅はずい分お世話になった。エレベーターもついてすっかり様変わりしてしまったなつかしい駅。折角新しくなったのだから、山と丹沢湖でもデザインすればよかったのに。
 
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