トイレマーク見てある記

タウンウオッチングだと言い訳しても
エロ爺だろう!の視線を浴びて

 
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大熊昭三(おおくま しょうぞう)
1928年、埼玉県生まれ。名古屋陸軍幼年学校を経て、1951年東京教育大学文学部卒業。愛知県半田高校、北海道帯広三條高校、川崎橘高校、川崎高津高校教諭を歴任して現職を終わる。
その後、専門学校の講師を勤める。その間、多くの山に登り、アフリカに遠征してキリマンジャロやルエンゾリに登頂。
教育評論家としてTV出演、週刊誌などでも活躍する。
主な著書
「こんな教師を告発する」「組合教師亡国論」(エール出版)「学校は汚染されている」(潮文社)「恐るべき親たち」(コンパニオン出版)、共著「日教組を斬る」「日本をダメにした学者・文化人」等、著書多数。

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2007年06月25日(月曜日)更新

第39号 小洒落れて、、、

 登りつめた赤岳頂上。ひしと抱き合う二人。
 息は荒い。汗くさいで、新婚夫婦でも絵にはなるまい。浜松、中田島砂丘でも、伊豆の恋人岬でもよし。潮風に吹かれながらの口づけ。馬鹿ップルでも何とかサマになる。
 私は山の方が好きだから、こういうドラマの真似事のような経験は皆無である。横浜、山下公園は、カップルによし、家族づれでも、ひとり者ぶらぶら歩きにも似合うところである。古くはメリケン波止場。小説にはおあつらえ向きの場所だろう。中華街も近いしネ。左に大桟橋、右に氷川丸。そして海。春ならば咲き乱れるバラの花たち。ランドマークタワーを中心としたみなとみらい地区が横浜の売りだが、私はこの山下公園の方が好きである。高層建築の圧迫感がなく、海の開放感がある。
 そのほぼ中央。海岸道路ぞいにあるトイレ。小洒落ていて、まるで二人が腕を組んで歩き出しそうな気配。二人はバーへ、そして。。。。。なんて余計なこと、考えるな!
 

2007年06月18日(月曜日)更新

第38号 さわやかなくふう

 土合駅。いざ谷川岳へ。そんな若い頃の意気込みがなつかしい。いま、ホームはトンネルの中。駅舎まではなが〜い階段。つまりホームから登山が始っているのだ。頂上をあとにして土樽駅までの道がはてしなく長かった。
 駅舎が見えているのに。そんな苦労をする人も稀な時代。土合駅停車は一日八本。新幹線は「国境の長いトンネルを」すぎると、湯沢である。トンネル内のうす暗がり(戦前の話です)と、雪国。川端先生は、冒頭に日本画の世界を見せた。新幹線や飛行機は都市間を短くしたが、人生は長くなった。湯沢駅のホームにおりると、目の前は乱立するリゾートマンションという悲しい風景。新幹線の駅はどこも規格型。一階コンコースに地酒の試飲所。いかにも新潟らしい。酒好きにはたまらない場所である。そのわきにあるトイレ。
 このマークは恐らくJRの智恵ではあるまい。酒造組合のくふうだろうか。一口のんだ客は嬉しくなってしまうさわやかさ。
 

2007年06月11日(月曜日)更新

第37号 ダサイマーク

 新丸ビルが多くの客を集めたら、次にまた新しい丸ビルが開業。どちらへ行こうか、ならば両方へという客で、大へんな賑わいだという。つまり東京は、いや日本をふくめてどこの国も開発を止めない。いつも開発途上状態である。私は老眼だから眼の不自由な人だが、こういうことばのごまかしをしていたら、『ことばの不自由なくに』になるだろう。ブスと言わずに『美貌途上人』 バカと言えないので『頭の不自由な人』 デブはよくないから『スマート途上人』ことば狩りが行きすぎて、日本語は表現がお粗末になった。
 これではならじと八重洲側も再開発をやるのかどうか。なにしろ日本有数の地下街である。少し歩くと銀座通りに着いてしまうところ。
最近、駅ナカの盛況がすさまじいから黙ってはおるまい。飲食店はいつも繁盛だが、入れ替りも激しい。変らないのはトイレである。変りようがない。そしてマークも変りようがない。こういうのをダサイというのかネ。
 

2007年06月04日(月曜日)更新

第36号 施設にふさわしく

 これから食事の人。いま口の中に物を入れている方。ご容赦下さい。六十年前赴任した北ぐにはきびしい住宅事情。共同のトイレに入ったら、隅に鉄の棒が置いてあった。冬、自分の出したものがすぐ凍る。放っておくと次の人のがその上に積もり、やがて黄金の塔が出来上がるから、鉄棒で突き崩すのだという。下水道が普及したから今は昔の物語。東北の田舎町に嫁いだ新婚さんが、汲み取り式のトイレにびっくりしたと話していた。これは今の物語。まだそういう所もあるのだ。
 溝の上にずらりと並んでしゃがみ、話しながらいきむニーハオトイレ。散乱する固形物という名物。五輪を前に懸命に洋式を作っても、北京はいいが、地方都市や人々の意識は変わるまい。五輪後、地方へゆく欧米観光客は、きっと、オーマイゴッドというだろう。折角、一流の商業施設(横浜駅東口・ルミネ地下)なのだから、このマークも、もう少し智恵を出したらいいのではないか。あるいはおつりがと、客は不安になる。
 

2007年05月28日(月曜日)更新

第35号 何で違うの?

 亡くなった水上勉氏が『はなれ瞽女(ごぜ)おりん』を書いた。子供の頃、我が家にもごぜが来た。父がお金を渡していたのを覚えている。盲目の女芸人である。町で万才師をみたかすかな記憶がある。全くの田舎だから芸人もあまり来なかったのか。しかし彼ら、彼女らは生活がかかっているからか、幼い目には見事な芸だったように見えた。それに比べてテレビ時代の当節の芸人の、何と粗雑であることか。やたらに相方を叩いたり、下手なアクションをやったり、髪の毛を何色にも染めたりと、とにかく目立てばいいようで、テレビ局もそれを承知で使っているから、芸はなし、汚いことば使い。あれで『カネ』を貰っているのだろうか。『大イタチ』という口上につられて入ったら、板に血がついていただけという、見世物小屋があったそうだ。
 トイレはこちらというマークの方に行ったら、そこにあるマークが全く違う。ま、トイレは用が足せればよいのです。明治村さん。
 
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